かしこさ

人間は、きっとかしこくなりすぎました。
だから、争ったり欲でおかしくなったりどろどろとした気持ちを持つのでしょう。
真っ直ぐ向けずに歪んでしまって、生きたいという生物の欲求すらまともに持てなくなっていくのだと思います。
誰かをねたんだり、陰口を言ってみたり、もっと楽して自分にとって良い環境になれば良いのにとか望んでみたり。

人間はもっとバカにならなければならないのだと思います。
豊かになったと言いながらそれを活かしきれてないのではないかと思ってしまいます。
しっかり豊かになったのにもっともっとと望んで、欲求が先走って枯渇したような気分になったり、
今ある幸せがあんまり幸せに思えなくなってしまったり。
今、自分ができることは何なのかもっと考えなければいけないのではないでしょうか。
時代に追いつくことに必死になってしまったり、できたものを機械的にこなして、
そのことに得意になったりもしくはできるできないで差別化してしまったりせずに。

もちろん、発展したおかげでいろいろなものが便利になりました。
その恩恵を私も受けています。
それでも、何か違うと思うときもあるのです。

便利であるのは助けであって、メインではないのです。
生活の中心ではないし、元々大切にしていたものを投げ捨ててまで得るものではないような気がしています。
何を大切に考えなければならないか。
その方針もなく、便利なものに飲まれていくのは違うと思うのです。

だからと言って、「山の土地を買って自給自足しよう!」とか言っているわけではなくて、
本当はもっと生き方を考えなければならないのではないかと思ってしまいます。
もしくは、もっと考えなければ良いのにとも思います。

かしこくなりすぎて頭が硬くなって何かから抜け出せなくなってしまっている。
そんな気がしてならないのです。

ことば

ことばは伝えるためにあるものであると思います。
けれど、万能ではありません。
元々はことばなんてこの世に無かったけれど、コミュニケーションを取る必要を感じたために生まれたのでしょう。
なかったものがあるものに変わって、少しずつ語彙が増えてきて、今も増え続けている最中です。
ということは、まだ増える余地があって完璧ではありません。

私は、増える余地が無くなることはないと思います。
つまり、完璧になることなんてないと思うのです。

なぜなら、人間はロボットではありません。
文字ですべて表せるのならば、白と黒の二進法の世界で事足りてしまうと思います。
けれど、そうではありません。
もっと、人間はアナログで、ことばに出して説明できない部分があります。
今、嬉しいと思っていること、悲しいと思っていることは伝えられても、それがどんな感情でどんな思考にさせて心にどんな作用があって……みたいなことを伝えることはできません。

ことばは伝えるためにできました。
けれど、すべては伝えられません。
だから、きっと、人は完全に分かり合うことはできないのだと思います。

けれど、だからこそ、きっと分かりあいたいと思ってよりたくさんのことばが生まれるのだと思います。

大切なことは、「分かり合えない」ということをちゃんと分かっておくことだと思います。
だからこそ、伝えようと努力するし、分かりたいと思うのです。
自分と他人は違うということが分かっていなければ他人を理解することはできません。

最近、感じるのは、ことばを万能だと思っている人が増えてきているのではないのではないかということです。
「良い」か「悪い」かですべてを判別することなんてできません。
論理的に説明しようと、それは「論理的」という視点での説明でしかありません。
何かを正しいとして結論付けることは、結局はことばを使ったエゴであるような気がするのです。

本当に分かり合うことなんてできない。
だからこそ、相手が愛しい。
その感覚を、もっと持てば良いのに、なんて最近は思ってしまうのです。

贈り物

クリスマスや誕生日、バレンタインや母の日なんかにみなさんは贈り物をしたりするでしょうか。
最近では贈って当り前、贈らなかったら「ひどい!最低!」なんてことになったりしますよね。
でも、私はそれはどうかと思います。

正直、義務としてプレゼントをあげたり貰ったりしているとしたならお金をかけあっているだけで
プラスマイナスゼロなわけだし、なんだか無意味な感じがしてしまいます。
プレゼントの本当の意味は、感謝の気持ちとかそういったものを表現するところにあるのではないかと思います。
ということはあげたいと思ってないのにあげても意味が無いのです。
もしくは、「本当はあげたくないのに」という気持ちがこもってしまって悪いものになってしまうんじゃないでしょうか。

クリスマスなのに、とか、誕生日なのに、とかと言われると何か複雑な気分になってしまいます。
それは、お世話になっていたりその日を特別だとか思っていれば祝いたいとも思いますし、
当人たちにとっては大切な日なのだろうから祝ってほしいと思うのも分かります。
でも、「祝え!祝わないなんて最低だ!」と言われると、なんというか……。

同じ理由で、誰かに何かをあげるときは本当にあげたいときにあげたいものをあげようと思っています。
そうじゃないと逆に失礼な気もするし、気を遣わせてしまうだけなんじゃないかと思います。
それは、常識の範囲内でお返しなどはしなければいけませんが、
贈り物すべてを通過儀礼みたいなものにはしたくありません。
なんていうと気難しく思われるかもしれませんが、
とにかく、贈り物はあげたいという気持ちであげるものだと思うし、
あげたいという気持ちは強要できないと思っています。

みなさんは、せっかくの贈り物に文句をつけたり、贈り物がないことを不満に思ったりしていませんか?

手品

手品はすごいと思います。
というよりも、手品ができる人ってすごいですよね。

先日、兄から借りたDVDを見ていました。
舞台上でのお芝居を撮影したもので、魔法使いが出てくる話なのですが、
その魔法使いの魔法を手品で表現するんですね。
舞台上で行われるものですから本当に生で、
お客さんの目の前でそれをやっている様子は正に魔法使い。
魔法使いの役なんだから、あれは魔法使いじゃなくて手品師で俳優さんなのだと思うのに、
やっぱりどうしても魔法使いに思えてしまったり。

そもそも手品師って魔法使いなんじゃないか、
なんてことも思ったりしますが、いやいや違う。元は同じ人間であるはず。

そう考えると、手品師のすごいところというのは魔法に見えることができること以上に、
魔法に見せることができるほどの技術と、それを可能にするストイックさにあるのだなとも思います。
きっとすごい努力を積み重ねてつかんだ力なのに、さらっと何でもないことのようにやってのける。
それってそう簡単にできないことですよね。
がんばってやったことは誉めてほしくて、
がんばったんだと見せびらかせちゃうのが普通なんじゃないかと思います。

だけどきっと、手品師の人たちはそんなちょっとした称賛じゃなくて、もっとけたたましい音の
拍手を聞くためにはちょっとやそっとがんばって自慢するようなことはしてはいけないことを知っているのかもしれません。

それはともあれ、そのDVDの中にはお客さんの感嘆の声も含まれていました。
その声はまるで信じられないものを見たときのような声でした。
作り物だと分かりやすいくらい分かる舞台の上で、それが妙にリアルに見えたからかもしれません。

種も仕掛けもあったとしても、あの瞬間、
あの手品師は本当に魔法使いだったんじゃないかと思います。
もちろん魔法使いなわけではありませんが、
もしかしたらそうかもしれないと思わせる魔法を使える人だったのではないかと思うのです。

肉食系と草食系?

最近よく携帯のネットを使い友人のブログを見る事があります。

男性の友人の友達のブログも見るのですが、やっぱり更新が早いのは女性の友人です。
一日一回のペースで日記を書いている為、いつも楽しみに見ています。

先日友人の日記を見ている時、ふと気になる事がありました。
それは『肉食系男子、草食系男子』と言う言葉についてです。

テレビのバラエティなどでもたまに出てくるこのワードですが…。

どうしてこのような表現の仕方にするようになったのかが疑問に思いました。

肉食系の動物と言えばライオンなどの事を指しますよね。
どちらかと言うと、強そうなイメージだと思います。

草食系の動物と言えばヤギや羊などの事を指しますよね。
つまり優しいイメージだと思います。

私が疑問に思う事、それはどこからが肉食系でどこからが草食系なのかと言う事です。

友人の日記には『○○君って草食系で可愛い』と書かれていたのですが。
この『○○君』と言う所には私の男性の友人の名前が書かれていました。

その男性の友人はどちらかと言うと、力が強く何事もはっきりと言うタイプの人なのです。
どちらかと言うと友人達の間でもリーダー的存在で強いイメージがあるのですが…。

思わず日記を書いた友人に「どこが草食系?」とメールをしてみたところ。
「顔が草食系じゃない?」と返事が返ってきました(^^;)

顔にも草食系や肉食系と言う物があるのでしょうか?
それとも単なる私の友人が勝手に決めた事なのでしょうか?

私はあまりテレビを見る事が無い為、流行のワードを理解する事が出来ません。
ですので友人の日記を見ていると、こういった謎の言葉がよく出てきます。

それにしても男性の事を肉食系なのか草食系なのかに分けるのは面白い発想だと思います。
友人が言う『動物系』に分けるとしたら、私の恋人は肉食系男子なのかな?と今は考えています。

三度の飯より漫画が好き!

私は漫画という物が大好きな為、週刊雑誌などをよく買います。
その週刊雑誌の中でも特に気に入った作品があると単行本も買います。

子供の頃の話になりますが、漫画を好きになったのはまだ小学校の低学年だった頃でした。
漫画を大量に集めている友達の家に遊びに行ったのがきっかけだったと思います。

友達の部屋の本棚には、百冊以上の漫画の本が並べられていたのを今でもはっきりと覚えています。

当時私の家には漫画はなかったし、私自身漫画に興味もなかったんですよね。
なのでその友達の部屋はまるで別世界のようでした。

その日友達の部屋でいろんな漫画本を見せてもらっている内に、うらやましく思い「自分も漫画が欲しいなぁ」と思うようになりました。
もちろん帰ってから親におねだりしたのですが(^^;)

子供特有の『人の物がうらやましくてしょうがない』といった感じです。

それからと言うものの、ずっと色々な漫画を読んでいますね。
特に週刊誌などは毎週続きが気になってしょうがないですし、漫画を読んでいると楽しくてたまらないです。

一時期は漫画家を目指そうかと思い、漫画家キットの様な物も購入しましたが。
やはり漫画を描くと言う事は難しい事だと思います。
絵は描けたとしても、ストーリーの展開を考えるのはかなりの想像力が必要だと思います。

結局漫画は描くよりも読む方が楽しいと言う事に気付きました。

女友達の間ではもちろん少女漫画が流行していましたが、私はどちらかと言うと少年漫画などが好きだと思います。
バトル漫画やギャグ漫画まで何でも読んでいると思いますが、最近の漫画は特にストーリーの展開が面白いと思う事が多いです。

昔の漫画も独特で面白いのですが、今では才能のある漫画家さんがたくさん増えていると思います。
一度だけでもそういった漫画家さんのアシスタントをしてみたいと私は思いますね。

今日の購入品

今日は雑貨屋さんでこれを買ってきました!趣味でよく集めているポストカードです。
いつもよく行く雑貨屋さんで新しく入荷されており、一目見てかわいいと思ったので買いました。

そこの雑貨屋さんは他の雑貨屋さんに比べると、ハガキやポストカードも種類が多いので私には大変ありがたいんです。置いてある商品も全部がゆるかわな感じで、どちらかというと大人の女性をターゲットにしたような作りになっています。

お店の狙い通りに常連となっているのが、私ということになりますよね(^◇^)
田舎の雑貨屋さんというと、小中高生をターゲットにしているようなギラギラとした感じの内装が多いので私としてはこういう雑貨屋さんがもっと増えればなと思っています。

ポストカードは売っていませんが、雑貨屋さんではなく手芸屋さんにもゆるかわな商品が置いてあったりするのでよく行きますね。ハンドメイドに挑戦したいところですが、どうも長続きすることがないのでお金の無駄かなあとまだ挑戦はできていません。

このポストカードは友人へのバースデーカードとして使うつもりです。彼女もかわいいものが好きなので、きっと喜んでもらえると思います。

しかし、雑貨に限らず欲しいモノがあったらポイポイ買ってしまう、悪い癖のある私。もう部屋に納まりきらないからどうにかしないと(笑)
もっと広い部屋に引っ越すか、貸倉庫でも借りないといけないな(^◇^)

桜の季節になりました!

そろそろ寒かった冬が終わり、春が訪れようとしているのですが。
春を告げる物と言えばやはり『桜』だと思います。

テレビのニュースでも桜の映像が出ていますが、私が住んでいる所では桜どころかまだまだ雪が降っています。

実家の方では蕾がもう開きそうになっているらしいですが。
同じ日本でも桜が咲く時期はズレがあるのですよね。

実家に居た頃は、毎年お花見に参加していたと思います。
家族ではあまりお花見をする事は無かったのですが、友達同士で集まりバーベキューをしたりしていました。

友達以外でも、アルバイト先のお花見に参加したり。
常連さんのお花見に呼ばれたりと、お花見シーズンになると年に3回以上はお花見をしているような気がします。

お花見と言ってもただ単に桜の下で飲み食いをしているだけなのですが(^^;)

4月の始めになるとまずアルバイト先のお花見から参加するのですが、去年だけ少しお花見では無くなっていました。

お花見を予定していた日が雨だったからです。

雨なのでバイト先の店長に「どうしますか?」と電話をいれたところ…。
「決行する!」と言われお店に向かうと、なぜか宴会の準備がされていました。

お花見のはずなのに、桜も何も無いのでは?と思っていると。
その当時一緒に仕事をしていた従業員の一人が桜の造花を100円ショップで購入して来ました。

結局それを花瓶に飾り、テーブルの真ん中に置きながら宴会を始めました。

最初は「これでいいのか?」と皆で話していたのですが、最終的には食べ物を置くのに邪魔だと言われテーブルからも退かされていました。

常連さんも参加するお花見だったのですが、誰もそれについてツッコミはしませんでした。
今年こそ本格的な花見をして欲しいと本気で思いますね。

一度もした事がない合コン。

合コンと言えば男女何人かでコンパをする事ですが。
私は今まで生きて来た中で合コンと言う物をした事がありません。

私の友人の中では、結構合コンを開いている人も居るのですが。
先日その友人から面白い話を聞きました。

友人はネットなどで『合コンの時の駄目な行動』と言う項目のサイトを見ていたそうです。
そのサイトでは女性の立場の意見や男性の立場の意見が書かれていたそうですが。

その友人は自分の合コンでの行動を振り返ってみたところ…。
見事に駄目な行動をコンプリートしていたようです(-w-`)

男性から見て、女性の嫌な行動と言うのが。
『初対面なのに稼ぎなどをしつこく聞く事』が一番嫌がられるようです。

私はその友人に何度か男性の方を紹介しようとした事があるのですが。
いつも真っ先に「どれくらい稼いでるの?」と聞かれていたと思います。

私の友人はかなりそういった所がストレートな為、遠まわしな聞き方はせずズバリと聞く事があります。

それはそれで友人の良い所だとは思っていたのですが…。
残念ながら男性には好まれないタイプだったそうです。

それに気付いた友人は、これからはその質問はしないでおこうと決めたらしいです。

私は合コンでの出会いも無ければ、お金を気にして交際をした事はありません。
だからと言って友人が『収入』について気にする事に対しても疑問はありません。

どんなに好きでも、もし将来一緒になるとしたら収入も大事な事だと思います。

合コンから発展して、結婚にまで至ったと言う方もたくさん居ますしね。
その時に相手の方が働いていなかったりすると、
苦労するのは女性の方になってしまうのも同じ女性としては少し心配になってしまいます。

合コンでは駄目な行動なのかもしれませんが、友人の現実的な考え方は参考にしたいと思います。

そういえば合コンからうまくいく必勝法と言う記事があったのを思い出した。
確か、小奇麗な服を着るだとか爪を切るだとかだった気がする。
あとは車か。車持ちはやはり得点が高いようだ。
自分の愛車はエクストレイルだが、これは得点的にどうなのだろう?
女性にウケる車とはどんなものだろうか・・・。やはり、外車・・・なのか?

浮気願望について考えてみた

ここ1年以内のことなのだが、どうも私の周りでは「浮気」に悩む女性が多いことに気付いた。いとこも然り、友人然り。友人の中には浮気の被害者だけでなく、加害者も存在するわけだが。

彼女らのそういった悩みを打ち明けられることも多々ある。だが、恋愛ニートの私は常に無難な答えを出すしかない。そこで、男はなぜ「浮気」をするのか調べてみることにした。

人間には男性と女性という性差がある。男性は種の存続という本能に従って女性とは違い、直接的で衝動的な性欲が存在する。種の存続という目的のため、より多く自分の遺伝子を受け継ぐ子供を持ちたいという欲求がある。

多くの生物はその本能に従うことが可能だが、現代の事情はそうはいかない。人間の場合は原則として婚姻関係以外で子供を持つ事が難しい時代。最も、重婚が認められている国であっても、やはりそれなりに婚姻関係の維持や子育てに対する費用はかかる。

その代替行為が「浮気」願望に繋がるというのだ。そこで本能に従うか踏みとどまるかは人によってまちまちだろうが、男性の多くは持ち合わせている願望。

浮気相手には、自分が奥さんや彼女からもらえないものを求める。言い換えるならば、女性も男性をつなぎとめるべく努力は常にしていかないとダメだということ。

性差から来る性衝動の欲求は男女間で違うし、永遠に相いれないことだろう。そんな男性を逃げないように束縛したがる傾向が女性にはあるが、束縛されればされるほどむくむくと浮気願望は高まっていくと言う悪循環。

ドラマや漫画では永遠の愛をよく誓っている。ただ、愛が普遍であることは悲しいかなありえないと思う。人は移ろうもの、愛も移ろうもの。

愛を維持したいならば、やはり女性もそうだが男性も努力しなければいけないということか。と、独り者の自分が少し真面目に浮気というものについて考えてみた。

やっぱり男女の関係ってめんどくさいということに帰結しただけだった。ああ、こりゃ自分は一生独身だわ。